日刊工業新聞です。
文部科学省の国立大学改革に向けた新方針「三つの枠組み」で、各大学の選択結果が明らかになった。大学側の”改革意思表明“を手がかりに、文科省は2016年度の概算要求で、国立大運営費交付金420億円の上積み実現を目指す。人文社会系学部の廃止通知騒ぎでは、理工系に比べ遅れている教員の意識改革を期待する。すでに学部再編はラッシュの様相だ。社会ニーズに対応して各大学の機能を強化する国立大学改革は、本番を迎えつつある。
文科省が全86国立大学を対象に設けた「三つの枠組み」は、各大学が選んだ枠組みに沿って活動を評価し、運営費交付金の増減に反映させる仕組み。各大学の選択結果は、「地域と特色分野の教育研究(地域)」で55大学、「特色分野の教育研究(特色)」で15大学、「卓越した海外大学と伍(ご)した教育研究と社会実装(世界)」で16大学となった。
「世界」は旧7帝大や研究大学といわれる大規模校が多い。医学部が強い地域有力大学の「旧六(きゅうろく)」グループは、千葉大学、金沢大学、岡山大学が「世界」で、新潟大学、長崎大学、熊本大学は「地域」と分かれた。論文成果も高い東京医科歯科大学が「特色」を、評価が難しい人文社会系の一橋大学が「世界」を選んだのも興味深い。
第3期国立大学中期目標・中期計画は16年度に始まる。この間の活動は枠組み別に評価される。当初予想より多くなった「世界」に対し、文科省・高等教育局は「競い合って高い成果を出してもらうには、ある程度の大学数がある方がよい」と歓迎している。
「三つの枠組み」の発端は14年末のこと。産業競争力会議の議論を受けた文科省が原案を示し、当初は「国立大を3分類するレッテル貼りだ」と各大学が反発した。しかし制度設計の議論の中で、「『地域』でも各大学が持つ特色分野の評価を含める」と変化。使われる言葉も「3分類」「3類型」から「三つの枠組み」と穏やかになった。
その中で「これは、絶対値の大きい大規模校が常に優位となるこれまでの評価を変えるもの」と理解が進んだ。各大学は「本学が評価される観点なら、どれがふさわしいか」を議論。例えば世界を目指すと宣言し、成果が不十分であれば低評価となる。そのため「プライドと評価可能性のバランス」(高等教育局)の折り合いを付けるなど、それぞれで方向性を固めることになった。
ただ三つの枠組みを使った評価は、タイプの似た大学を集めて成果を競わせる仕組みともいえる。それは大学の生き残りにとって、従来以上に厳しいものになるのかもしれない。
東京農工大学の松永是学長は「どの枠組みで評価を受けるかは教員の給与に影響する。そのため本学の教育研究データを分析した上で、次のリーダーとなる50歳代の教員らから集中的に意見を聞いた」とこれまでの対応を説明する。その結果、「文科省設定とは別の大学独自の指標で、論文数など教員1人当たりの評価を取り上げれば、本学は強い」と判断。もっともハードルの高い「世界」に参入した。
「東京の単科大学が地域を選ぶのは難しい。我々なら多摩地域か、東京都か、関東か…。その地域に役立つという限定も、教員の専門性を考えるとそぐわない」と悩んだ経緯を打ち明けるのは、電気通信大学の福田喬学長だ。結果、情報理工学分野で個性を出すべく「特色」でいく判断をした。
長岡技術科学大学の場合、技術を科学的にとらえる”技学“や、他国に普及を図る高等専門学校・技科大の仕組みで「特色」も考えられた。しかし「これら戦略的な連携先も、ある種の地域ととらえられる」(新原晧一前学長)ことから、「地域」に決めた。
「特色」の東京海洋大学の場合、「迷わないでよいですね、と何人もの他大学学長からいわれた」と竹内俊郎学長は笑う。水産と海事という他大学にない伝統があるからだ。しかし「1次産業の”6次産業化“や、外国人と異なる質の高い船員育成といった現代ニーズに対応する」必要性も高い。17年度には「海洋資源環境学部」を新設し、”海洋産業“創出人材の育成の旗を掲げる。
「世界」を選んだ東京工業大学は全学的な組織再編を16年度に実施する。学部と大学院を一体化し「学院」にしてしまう大胆な計画だ。「世界トップ10に入るリサーチユニバーシティーを目指すための改革だ」と三島良直学長の決意は固い。
一方、国立大の人文社会系で騒ぎになったのは、三つの枠組みとつながる3期中期目標・中期計画に向けて文科省が6月に出した通知だ。全23ページのうち、教員養成系に加え「人文社会科学系学部・大学院の組織を見直して、廃止や社会的要請の高い分野へ転換に努める」という内容のわずか4行が、「人文社会系の廃止強要」ととらえられ、現場の教員らが反発した。
文科省は誤解を解くため、概算要求提出直前の8月末に、高等教育局長のメディア対象の懇談会を開いた。組織のスクラップ&ビルドを求めていること、13年ごろからの大学改革推進で言い続けてきたことなどを説明した。常盤豊高等教育局長は「学術研究の国立大には、社会変革のエンジンとなる新たな知を生み出してほしい」と、すぐに職業に役立つ”実学“特化を促すのではないことを示した。
組織再編による国立大の新学部はここへ来て急増している。16年度は宇都宮大学地域デザイン科学部や、愛媛大学社会共創学部など8校8学部が予定されている。当初は14年度開設の秋田大学国際資源学部のように、教育も研究も産業社会と直結する理工系がリードする傾向があった。今は教育学部の教員免許取得を目標としない学科などが再編対象となり、地域で活躍する人文社会系人材育成などに広がっている。
しかし通知騒動で改革の意識が現場には十分に浸透していないことが明らかになった。義本博司官房審議官(高等教育局担当)は「理工系に比べ改革が遅れている人文社会系と、これを機に対話を進めていきたい」と強調した。
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