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中央教育審議会の特別部会が、実践的な職業教育を行う4年制職業大学創設の議論を進めている。部会委員を務める筑波大学の金子元久教授は職業大学には課題が多いと指摘する。
大学教育と職業との関係は今、大きな転換点に立っている。
ふり返れば戦後の高度成長期に、家庭所得の上昇を背景として、日本の高等教育は急速に大衆化した。他方で科学技術者への需要が拡大すると同時に、巨大化する企業組織のホワイトカラーとして多数の大学卒業生が吸収された。そこで定着した一括採用、終身雇用を背景として、職務に必要な知識・技能は職場で共有・伝達され、それと大学教育の内容とは明確な関係を持たない、という日本的特質が形成されたのである。
こうした体制はしかし1990年代から崩れつつある。一方で製造業の海外移転、情報技術の発展によって高卒労働者への需要が縮小したために、大学就学率はさらに押し上げられて5割に達するに至った。他方で従来型の一括採用の大卒採用は30万人台で停滞しており、大卒者の2~3割は、この枠の外で様々な形態で就業している。
また大卒者の主要な就職先は、製造業から商業金融、そして実際にはきわめて多様な業種からなるサービス産業へとシフトした。現在では新規大卒者の4割近くが、サービス産業に就職している。結果として、大学教育と職業との関係はさらに一段と見えにくいものとなってきた。
21世紀型の新しい社会・産業構造を築くためにも、こうした現状が問い直されるのは当然といえる。その答えとして、大学教育においても「手に職をつけさせる」べきだという声も強まってきた。
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中央教育審議会は、「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会」を設置して、従来の専門学校を母体とした新種の職業高等教育機関とする制度改革の検討を始めている。それには4年間で大学と同等の学士号を与える、いわば「職業大学」制度を創設する構想も含まれている。
私は短期職業教育の制度的充実は必要と考える。しかし、4年制の職業大学案には以下の理由で強い疑問をもつ。
第1は、拡大しつつある新しい産業と、そこで必要とされる知識・技能が、きわめて多様で流動的である点である。
一口にサービス産業といっても、すでに大学によって養成されている医療・教育関係のほかは、その内容はきわめて多様で、既存統計からは十分に把握することもできない。
こうした職務のいずれかを18歳の段階で選択させ、4年間にわたってそれのみを学習させることにどれほどの意味があるだろうか。
現実にも、新卒の単技能労働力への需要は限られている。専門学校卒の就職者は新規学卒者の2割弱にすぎない。しかも高等学校から専門学校への直接進学者数は90年代初めの28万人から最近の19万人へと、3割以上も減少しているのである。
むしろ今、求められるのは、重層的・多面的な職業能力を育成することであろう(図)。多様で流動的な職務で必要となるのは、学術的知識だけでなく、また職業知識・技能だけでもない。それらの基盤となる、思考能力などの汎用的なコンピテンス(能力)、さらには自己認識、意欲などが不可欠である。
それが新しい社会的な要求を見つけ、それに応えるための様々な技能を身につける基本となる。現代の大学教育の課題は学生に、多様な知的・社会的な経験を通じて重層的な能力を成長させていくことにある。
たしかに制度改革は、職業との関連を重視する姿勢を端的に示すという意味で分かりやすいものかもしれない。しかし総合的な教育と職業教育とを二分する制度は、逆にいえば大学にとって選択の幅を狭くする。
大学教育と職業との関係を単純なパターンに当てはめる時代は過ぎた。多様な関係を個々の大学が実践し、それが前向きの競争原理の中で選択・淘汰されていくことこそが求められる。国際的な趨勢をみても、制度の上では4年制の学士課程を基準として単純化し、その枠内で、教育機能を多様化する方向にある。
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今回の改革論の背景に、既存の大学に対する不信感があることも事実である。制度改革そのものの効果よりも、大学にショックを与えることに意味があるといった議論も聞かれる。しかしどのような改革も、解決すべき課題を正面にすえ、そこに至るために何が必要かについての冷静な判断に基づくことなしには挫折せざるを得ないし、むしろ本来の課題から目をそらさせることにつながるのではないか。
そうした意味でも大学は大胆な改革を進めなければならない。とくに学術的な体系を基礎として編成された「学部」によって分割されるタテ割り型の組織から、教員が帰属する組織と、「教育プログラム」とを分離することは、社会的な要求に柔軟に対応するためには重要な選択肢となる。
ここでは詳論できないが、大学のもう一つの喫緊の課題である社会人にむけた効果的な教育プログラム創出のためにも組織改革は不可欠である。
そのためには大学自身だけでなく、現行の大学設置基準を中心とした質保証のあり方自体にさかのぼって再検討することも必要となる。
正面からこうした課題に取り組むことが、新しい時代の社会と大学との関係を構築するうえで不可欠となっていると考える。
政府は高等教育への進学率を気にしているようです。専門学校の職業大学化とL大学を合わせて新たなカテゴリーを作り出そうとしていると予想されます。
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